桂浜で初日の出を見たいとお考えの県外観光客の方々へ!(渋滞する?駐車場は?)

桂浜の夫婦岩って知ってる?これ掘り出せば絶対に桂浜の新名所になると思うけどね

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桂浜の夫婦岩について

桂浜の夫婦岩(現在の様子)

土佐の高知の桂浜にもあった夫婦岩について書いてみます。

この投稿の前に ”桂浜 夫婦岩” でググってみましたが、誰も桂浜の夫婦岩について言及していないので、ネット上では最初の記事になります。

夫婦岩と書いて、”みょうといわ”や、”めおといわ”、”ふうふいわ”等の言い方があるようですね。

それぞれが正しい言い方かなとも思います。脳内で変換してお読み下さい。笑)

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夫婦岩と呼ばれる景勝地は全国にもあります。

高知で有名な夫婦岩と言えば、室戸岬町と佐喜浜町の境にある鹿岡鼻の夫婦岩、香南市夜須町手結の手結岬の夫婦岩ですね。

どちらも高知の観光名所となっています。

ですが、桂浜にも過去に夫婦岩と呼ばれた2つの象徴的な岩があったんです。

その岩は実は今も、桂浜にひっそりと存在しています。

今回は、桂浜の夫婦岩について古い絵葉書の写真とともに検証して紹介していこうと思います。

桂浜の竜頭岬の浜辺の様子

桂浜の夫婦岩(夫婦岩アップ)

この写真の堤防の先の岩と、その手前に写る2つの岩に注目してください。

堤防の先にある岩は実は岩に似せた 擬岩 です。その証拠に岩から赤茶けたサビの様なものが滲み出てますね。

ですが、これが擬岩であることは一旦忘れてください。今回の投稿の趣旨とは全く関係ありませんから。笑)

砂に埋れてチョコンと顔を出している岩とその右向こうの尖った岩が、かつて、桂浜の夫婦岩と言われていた岩です。

桂浜の夫婦岩(夫婦岩A)
桂浜の夫婦岩(夫婦岩B)

でもね、今は誰もその存在を知らない。

桂浜の某お土産物店に嫁いで60年余りになる、現役で働く90歳前のおばぁーちゃんがいます。

その、おばぁーちゃんに桂浜の夫婦岩について質問したのですが、年だから忘れたかもと前置きしつつ、聞いたことが無いと言ってました。

その隣の、お土産物店ではかつてお土産物店が桂浜の浜辺にあった頃から働く、おばちゃんが居たので聞いてみましたが、初めて聞いたとのことでした。

これは想像ですが昭和初期くらいまでは桂浜には2つの岩が象徴的にあって夫婦岩と呼ばれていたのかな。と思います。

砂に埋れた岩と右奥の尖った先端の形状を記憶しておいてください。

大正13年頃までの桂浜の夫婦岩

桂浜の夫婦岩(大正13年頃)
この絵葉書には、土佐 桂濱 夫婦岩 Fufuiwa, Tosa. と書かれています。

大正時代の絵葉書です。

昭和33年に発刊された「桂浜の研究」が書かれた頃の桂浜はどうなっていたのかな?と、疑問に思い色々と画像検索していたら桂浜に夫婦岩があった事を知りました。

桂浜の夫婦岩(大正13年頃 実逓便)

実は、この写真は、実逓便じっていびんとして販売されていました。土佐山村の方が東京の麹町の方に宛てた絵葉書で、宛先が「東京市」となっています。

消印もしっかり残っていて、大正十三年四月二三日とあります。まだ、郵便事業を逓信省ていしんしょうが管轄していた頃ですね。

※実逓便とは、実際に郵便で送られている郵便物。それに貼られた切手の事です。

どう見ても、現在の竜頭岬の先の龍馬の銅像下辺りですよね。

時系列にすると、龍馬像が竜頭岬に立ったのが、昭和3年5月27日です。

大正時代は15年までですが、昭和3年を大正に置き換えると、大正17年となり、この絵葉書が投函された後の、およそ4年後になります。

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ですので、この絵葉書が撮影された日や、この絵葉書を投函されたことは竜頭岬の龍馬さんは知りません。

でも・・・、多分・・・、龍馬さんは桂浜の夫婦岩を知ってますよね。

4年後に殆ど埋まっても、夫婦岩の記憶は無くはならないだろうから・・・。

だけど、今はその存在すら高知県民も殆ど知る人は居ないと思います。

で、ここからが衝撃的なんですが・・・

年代不詳の桂浜の夫婦岩

桂浜の夫婦岩(年代不詳)

ジャジャーン!! これが、人の手が入る前の本来の桂浜の夫婦岩です。

ですが、この絵葉書の年代は特定できてません。

まだ、堤防が無かった頃ですね。

随分と波打ち際が後退しています。

砂の堆積も無く今よりは3m~5mは低い感じです。

先の大正十三年の絵葉書は、なんとなく場所が特定できる写真だったので良いですが、この写真はいったい何処だろうと最初は思いました。

が、よく見ると、2つの岩の先端の形状や岩の形が同じですよね。

手前の岩と奥の岩の高さが同じなのは、撮影したカメラの高さが多分今よりは低い位置だったのだと思います。

100回くらい見比べて検証しました。www

竜頭岬に出来た堤防によって桂浜の本浜に砂が次々と堆積して、現在の状態になったと考えています。

他の絵葉書の写真なども見ても、実は大昔の桂浜は今のような砂浜では無く、ゴロゴロと岩もある磯場的な感じだったようです。

先の、お土産店のおばぁーちゃんが言うには、大きな五色の石も転がっていたとの事でした。

せっかくの桂浜の夫婦岩だから

桂浜子ちゃん
桂浜子ちゃん

せっかくの桂浜の夫婦岩だから、この投稿が高知市やその関係者の目に触れて、桂浜の夫婦岩を新名所として復活して欲しいですね。

桂浜の観光には一役買いそうな話ですよね。

クラウドファウンディングでも立ち上げて、ユンボ(パワーショベル等の総称)借りて掘り起こしたい。

桂浜子ちゃん
桂浜子ちゃん

海の穏やかな冬の季節の1シーズンだけでも良いので、かつてあった桂浜の夫婦岩を見てみたいと思いませんか。

桂浜子ちゃん
桂浜子ちゃん

どうでしょうか?

 

無理ですか?

 

そうですか。

Ryoma
Ryoma

気長に待ってみようか。

Ryoma
Ryoma

ところで、夫婦岩と言うくらいだから、どちらかが男岩、女岩になるハズですが、いったいどっちやろね。

(追加)
大正十三年頃に近い写真を入手したので追加しておきます。
竜王岬の竜王宮付近から撮影した絵葉書から竜頭岬をトリミングした写真です。
桂浜の夫婦岩(竜王岬から撮影)

(最後に)
一部、想像や妄想で記載しています。間違いがあれば訂正します。
古い絵葉書の著作権は失効していると思い掲載しています。また、掲載している絵葉書は全て自腹で購入したものだけをアップしています。
この記事を書いた人
taniYoka

桂浜から車で8分ばぁが自宅の高知市民です。高知の観光名所でありながら(地元目線で)桂浜について解説したサイトが少ないので勝手に色々書いてます。

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